12号室!

本日もラブホテル バリタイ福生店のHPにご来訪、誠にありがとうございます。
担当のスタッフA.Iです。

 

ツルゲーネフの「はつ恋」は、一人の美しい貴族の娘を巡り
主人公の少年(あるいは青年?)と少年の父親が三角関係っぽくなる話です。
この関係に決着をつけるシーンで
貴族の娘の白い腕を少年の父親が乗馬用の鞭で打つのを
少年が目撃してしまうのでした。
「はつ恋」を読んで衝撃を受けた1シーンでした。

12号室はSMチックであることがコンセプトです。

マルキ・ド・サドの「ソドム百二十日あるいは淫蕩学」を映画化したのが
「サロ、またはソドム120日」(邦題「ソドムの市」)
監督はピエル・パオロ・パゾリーニ(この映画を製作した直後に殺されました。)

ウィキペディアでは原作の悪辣な個所は映画化されていないと記述されていますが
ショッキングな映画です。
マルキ・ド・サドに想像することが出来たということは
既に過去の歴史の中では行われていた事を映画化していると考えられるからです。

レーポルト・フォン・ザッハ=マゾッホの作品を
私は残念ながら読んだことがありません。
(「毛皮を着たヴィーナス」は映画化されていますがみてません。)

マルキ・ド・サドの考えた事とレーポルト・フォン・ザッハ=マゾッホの考えた事が
二つに分けられるものなのか?混然としているものなのか?
どちらなのでしょうか?

支配と服従。
支配する者が服従し、服従する者が支配するという結論に
団鬼六さんの「花と蛇」ではなっていたと記憶しておりますが
どうでしたでしょうか?

この鬼六さんの主張に従えば
マルキ・ド・サドの考えた事をレーポルト・フォン・ザッハ=マゾッホの考えた事は
混然としたものとも言えるのかもしれませんね?

セックスは肉体が直接触れ合う前から始まっているのなら
SMプレイも同様かもしれませんね?
(私はSMプレイをやったことが無いので想像するのみです。)

抽象的なレベルでのサディズムとマゾヒズムの交わりは
おそらくは当事者同士にしか分らないのでしょう?
否、前後関係次第では、分る人には分るのかもしれません。
しかし、そんなラブストーリーは二人の間で静かに進行するのが望ましいのでしょう?

こういったお二人のとって具体的なシンボルとなるものが

としてバリタイ福生店の12号室にはご用意しております。
他の道具もありえますが、バリタイ福生店はこれを選択しました。
これをどの様にご利用になるかはいらっしゃったお客様あなた次第です。

また、お風呂場にはマットレスとローションもご用意しておりますので
有意義にご利用いただけますと嬉しい限りです!

バリタイ福生店のご利用お待ちしております!

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