チッチキチ~

本日もバリタイ福生店のHPにご来訪、誠にありがとうございます。
担当のスタッフA.Iです。

バリタイ福生店のアメブロ

先日、「もののけ姫」を久しぶりに観ました。


登場する、もののけ=神は
狼=犬、猪、猩々=猿、シシ神(=鹿)=大太法師(だいだらぼっち)
でした。
犬(=戌)、猪(=亥)、猿(=申)であるなぁと思いました。
この三者だけを見ると十二支の午以後の世界という意味なんですかね?
鳥(=酉)の、もののけを登場させなかった意味の深掘りをしてみたい気もしますが
酉で表されるのはニワトリなのかと思ったりするのと
「桃太郎か?」というツッコミを避ける意図もあったのかもしれませんね。
これ以上は考えない事にします。

シシ神様は鹿に見える姿で描かれていますね。
シシという言葉と鹿の組み合わせから思い出すのは
私が中学時代の修学旅行でみた「シシ踊り」です。
修学旅行に訪れたのは東北地方でした。
その旅行中の夕食に地元の伝統芸能を観せていただけるということで
観せていただいたのが「鹿踊り(シシオドリ)」。
獅子舞(シシマイ)しか知らなかった私は「シシオドリ」という音から
獅子が出てくるのかと思っていましたが
出て来たのは、鹿を模した格好をした人達でした。
(鹿であるとスタッフの方は説明してくださいました。)


私には鹿をシシと呼ぶ初体験でした。


シシ神のシシを「死し」と読むとシシ神は死んだ神なのか死神(シニガミ)なんでしょうかね。
シシ神は森の生き物の生死を決める存在でした。
シシ神の首を人間が手に入れることが、人間が永遠の命を得る事とつながっているという設定でした。


アシタカという少年は、恐らくは東北地方に住んでいた人なのだと思います。
アシタカが、人間に殺されて祟り神となった猪の呪いの謎を解明するために、西の森に行き、その地で 活躍するというのが一つのテーマでした。
その一方で
エボシ御前の負っている密命である、シシ神を探し出して、シシ神の首を取る事も、         もう一つのテーマでした。
上記の二つのテーマが絡まり合って、人間社会ともののけたる神々との関係を描いていました。
それは、アシタカがタタラ場に到着した時に気づいた問題点である「人間と森との共存」が      全体のテーマであると言いかえることができませんか?
自然とは、克服すべきものなのか?共存すべきものなのか?
「もののけ姫」が公開されたのは1997年です。
その頃の事は思い出せませんが、「地球の限界の様なものを一般の人も意識して下さい。」という   メッセージが出始めていた頃だったのかもしれません。
タタラ場は鉄の製錬場です。
「もののけ姫」は、タタラ場と祟り(タタリ)神の話でした。
近代になって日本の石炭は採掘されていましたね。
しかし、それ以前は鉄の製錬には木を燃やすしかなかったので「タタリ」とつながりのありそうな   「タタラ」という言葉が鉄の製錬に当てられたのでしょうか?
(かつて、日本は石炭を鉄の加工に使えなかったので、武器を作るのに鋳型に流し込んで武器を    作るのではなく、玉鋼(タマハガネ(もののけ姫の作中にも出てきます。))を鍛造する方法だったそうです。その結果、日本刀は高性能な武器となったといわれますね。西洋の剣と比較して)



(西洋の剣です)

木を御神体とすら思う日本人には、森の木を切り倒し燃やし続ける事に罪悪感は付いて回るものだったのかもしれませんね。
「祟らば、祟れ」の「祟らば」がタタラ場だとしたら
開き直ることで鉄の製錬場で働く人達は自らを鼓舞していたのでしょうか?

バイブルのアダムとエヴァの二人の息子であるカイン(兄)とアベル(弟)。
カインは農耕者、アベルは遊牧民。
神への捧げ物をめぐり、神の祝福を受けたアベルを嫉妬して、カインはアベルを殺します。
それ以後、カインは呪われた(=祟られた)存在となります。
カインは種を撒いても実ることが無くなってしまうのです。
そこで他の仕事をしなければならず、カインは金属加工者の祖となったという話もありますね。


エボシ御前は神殺しのスナイパーとなった訳です。
シシ神の首が欲しかった人間達の思い通りにはならず
シシ神は元の姿とはならなかったが、人間によって荒らされた土地を回復させたという締め方でした。
(当時は治せなかった病の人達をも治していましたね)

タシタカとサンのその後も知りたいですね。

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