危うい前提・・・

本日もラブホテル バリタイ福生店のHPにご来訪誠にありがとうございます。
担当のスタッフA.Iです。

バリタイ福生店のアメブロ

私達の目にしている世界は元々はカオスであり
そのカオスに何らかの秩序があるものとして認識しているのが私達だとします。
そうすると、世界は変化し続けるものですから
(例えば、人間は誕生、成人、老人と変化します。地球の表面に現れている大陸すら動いていると   いいます。)
「元通り」と言う事が厳密にはあり得ないだろうという予想が成り立たないかという事なんですけれど
確かにそんな事を前提にしてしまったら
再現可能性を旨とする科学は成立しないことになってしまいます。
部分としては再現可能なのかもしれませんが
全体としては再現可能なのか否か?

日本では2020年の3月頃から新型コロナウイルスの騒ぎが本格化しましたね。
そこから緊急事態宣言が出され東京では東京アラートが灯り
7月に入り、東京では、また新型コロナウイルスの新規感染者が一日に200人を超えている現状です。
「自粛」生活下でも人間の営みは続いてはいましたが
それはネットの動画を見ていて一時停止をしている様な状態ではなかったでしょうか?
「自粛」を解除して再生ボタンを押してみたけれど
一時停止前に見ていた動画の続きを見ている気がしない。
続くであろうと予想された動画と似ているのだけれど新たに編集された動画を見ている様な      気がしませんか?

村上春樹さんの「1Q84」の冒頭部分のヤナーチェクのシンフォニエッタが流れる中で
空豆が高速道路の支柱の扉に入り込んだ後に同じ支柱に戻って来ても
元の世界に戻る扉はなかったエピソードがありましたよね?

新型コロナウイルスによる騒ぎは私達にとっては
「1Q84」の高速道路の支柱の扉だったのではないでしょうか?
「自粛」生活というpauseが変化の流れを分断しているので
錯覚に過ぎないという意見もあるでしょうけれども。
見慣れているはずの風景の中に現れている私達には突然現れた変化と認識される事。
それらもやがて当たり前の日常になってしまうのでしょう。
「withコロナ」という言葉がありますね。
今後、疫病が話題になる時に「コロナネイティブ」なんて言葉が出てくるかもしれませんね。

地球の表面のほんの薄い部分に暮らしている私達は
カオスたる世界の表面に漂うマーブル模様を観測しているに過ぎないのかもしれません。

日本人が繰り返し書き残している無常観に共感せずにはいられませんね。
世界は変化しているという前提なのか?
世界は変化しないという前提なのか?では
まったく異なりますね。

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