「丑三つです!」と堺正章さんに言っていただきたい。

本日もバリタイ福生店のHPにご来訪、誠にありがとうございます。
担当のスタッフA.Iです。

バリタイ福生店のアメブロ

「チューボーですよ」に因んで
中二病的な事柄をつぶやいてみます。

東京オリンピック開会の直前となりましたね。
今回の大会は
ロゴのデザインで揉めました。
開会式を行う競技場の設計でも揉めました。
また
2020年の開催予定が2021年となったのもコロナ禍によるものでした。


ロゴのデザインと競技場の設計の揉め事は
良きにつけ悪しきにつけ
国民の眼を東京オリンピックに向けさせる効果はあったのでしょう。

一般人として残念なのは
コロナ禍の下で一年延期となった上に様々な制約がかかっている大会となってしまったことです。
普段スポーツに興味のない私ですらそう思っているのですから
大会関係者の方々は私以上に残念でしょうね・・・。
並びに
東京オリンピック関連で投資されていた方々は「お気の毒です。」という方が多いのでしょうね。


オリンピックの夏季大会はうるう年に開催される事になっています。
今回の東京大会は、その慣例を崩すことになりました。

太陽と地球の関係の自然現象を重視すれば
うるう年を2020年にするほうが整合性があるのでしょう。
しかし
人類の文明社会的には2021年をうるう年としたほうが良かったのかと
勘ぐりたくなります。


十二支で考えれば
2020年は子年(ねどし)であり、2021年は丑年(うしどし)ですね。

十二支の文脈では丑は二番目です。
7月は一年の十二カ月を三ヵ月ごとに区切って、四等分した場合の三番目の最初の月です。

怪談でよく語られる丑三つ刻は
丑の刻を四等分した場合の三番目になります。

今年の7月は丑三つの始まりと言ってもいいのではないでしょうか?

丑の刻と言うと丑寅(うしとら)として有名な鬼門を連想してしまいます。
丑年と寅年の間は鬼門なのでしょうか?
(丑年と寅年の方々をディスる意図は全くございません。十二支を年単位で考えた場合の試論ですので ご了承下さい。)

丑の刻参り」を知っている方も多いでしょう。
鬼が出るかもしれない、鬼門に当たる時刻に
他人を呪う行為をするものです。
丑の刻参りをする人の思いがそれ程強いという意味を持つのでしょう。
現代でもやる人はいるでしょうし
かつての日本で妖怪が本当にいると信じられていた時代に
「鬼に出会ってもいい。鬼に出会ったら自分の命と引き換えで鬼に呪いを叶えてもらおう。」
という思いだったのでしょうか?
リンク先の記述に
『古くは祈願成就のため、丑の刻に神仏に参拝することを言った。後に呪詛する行為に転ずる。』
があります。
これが真実であるなら
丑の刻は元々何かを祈願する人にとっては特別な時刻であったのでしょう?

この文脈に東京オリンピック2020を当てはめてみます。
世界に新型コロナウイルスという魔物(≒鬼)が跋扈している状況下
十二支を年単位で考えた場合の丑三つ刻に
東京オリンピック2020は開催されます。
しかも
近代オリンピックは「人類の平和」を願う祭典であると
一般人には説明されます。
今回の東京オリンピック・パラリンピックは
十二支が有効な文化圏の人々にとっては
タイミング的には重要な意味を持つのではないでしょうか?

ただの偶然なのか?偶然でないかは?あなた次第です!





=七夕祭の短冊をご紹介=






=フロントの前にあります=
水がせせらぐ音に癒されて下さい!




丑の刻に出会えるのでしょうか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA